子供を「勉強が出来ない」と決めつける前に

こんな記事を読みました。

周囲の協力があれば障害は個性になる–学習障害をもつ13歳の少年が経験した学校の不自由さ

これは昨年11月30日に開催された「TEDxKids@Chiyoda」で、中学生 学習障害活動家の松谷氏によるプレゼンテーションを文章化した記事です。

TEDxは「広める価値のあるアイディアを共有するため」のプレゼンテーションの場のようなものです。そのなかで「TEDxKids」は子供にフォーカスした内容となっています。
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「ちょっと違う」だけ

さて、上の記事を読んでいくと「勉強が出来ない」ということには、それなりに理由があるということは分かります。

松谷氏の場合は視覚障害による学習の困難さ。目から得た情報の処理方法が「通常の」人とは異なるため、「通常の」勉強方法では合わなかったというケースです。

たった13才なのに沢山の人間の前でスピーチ。しかも約7分間も原稿なし!という姿を動画で拝見するに、根本的な能力には問題はなく、むしろ平均以上の才能や学習意欲をお持ちのように思います。

しかし「ちょっと普通と違う」ことへの無理解によって、勉強につまづき、人生を大幅に損失するところでした。

家族の理解やサポートはもちろん、iPadのような電子機器に恵まれ「時代や運が良かった」のかもしれません。そして、世の中には松谷氏のように「ちょっと違うだけ」なのに、「勉強が出来ない」「不真面目」「学習障害」という烙印を押され決めつけられてしまう方もたくさんいるのでしょう。

ディスレクシアという学習障害があります。これは脳の処理方法が他人と異なるため文章の読み書きが困難となってしまう状態です。「障害」とされていますが、こういったことが早くわかれば、専門の勉強方法や対応策がとれ、ある程度解決ができる事だと思うんです。

ようは、周囲(特に大人)の人間の知識や理解力にかかっているわけです。

「普通の」子供より勉強が遅れる、出来ないお子さんは、じつは感覚や神経がちょっと異なっているだけなのかもしれません。

私達は「できない、ダメな子」等と決めつける前に、「脳や感覚の情報処理の仕方が、すこし他人と違うのかもしれない」という可能性を頭の片隅に置いておかねばなりません。

最後に

松谷氏は「学習方法を選べるようになってほしい」「『なんで出来ないの?』ではなく一緒に考えてほしい」と訴えられています。

私達大人は、(自分のちっぽけな人生からの)勝手な決め付けをするのではなく、もっと思考や方法論の柔軟性を持っておく必要があるなと感じました。


「決め付けない」というのはなかなか難しいですが、それを出来るように足掻くからこその大人なんだろうな(´・ω・`)