聖地巡礼-京都の異界・鳥辺野と六道の辻

本の影響をうけて、京都の”異界の入り口”に行ってきました。

影響を受けた本はこちら↓

本の中に紹介をされていた「六波羅蜜寺」「六道珍皇寺」「鳥辺野(大谷道)」にいってきました。

空也上人像と重要文化財たち

まずは「空也上人像」を見に六波羅蜜寺へ。
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空也上人像とは、画像の右側の像です↓
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そう、口から”何か”を出しているあの像です。この何かは「南無阿弥陀仏という言葉を唱えたらそれが仏となった」ことを表したもの。

小さい時に歴史の教科書で見て衝撃をうけて以来、実物をナマで見たかったのですが苦節○十年、その夢がついにかないました(笑)

拝観料を払いお寺の宝物館へ。空也上人像以外にも十数体の木造彫刻が置かれています。「平清盛坐像」や、彫刻界の大御所「運慶・湛慶」像まであります。

ナマ空也上人像は・・・凄かったですよ!やはり本(二次元)で見るのとナマ(三次元)は違います。正面から見た時の立位の造形は絶妙でしたし、お顔の表情も見る場所を変えると異なってくるのに感動しました(苦悶しているように見えたり、恍惚しているように見えたり)。

他の仏像などもそれぞれ素晴らしく、「これ全部国宝です」と言われても納得するようなものばかりです(←たとえ方が幼稚・・・)。秘仏にせず拝観料(600円)を払えば誰でも見られるようにしてくれているのは本当にありがたいです。

冥土通いと黄泉がえり。地獄と小野篁

お次は六道珍皇寺へ。

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ちょうど「第49回 京都冬の旅」という企画で、特別公開をされておりました(特別公開は3/18まで)

さて、このお寺で有名なのは「小野篁(おののたかむら)」。最近では「鬼灯の冷徹」という漫画にも登場している人物で、文武両道の超絶天才。あまりに凄すぎて「昼は朝廷、夜は閻魔庁」で働いていたとされるスーパーエリートさんです。

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↑こんな広告まで(笑)作られているほど。

この六道珍皇寺も、一説には小野篁自身が作ったとされていて、お寺の庭には地獄への入り口と帰り道である「冥土通いの井戸」「黄泉がえり之井」があります。

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↑写真中央、人が覗きこんでいるのが「冥土通いの井戸」。中はシダ植物が生えていて、底まで見渡せません。

「黄泉がえり之井」のほうは近年発見されたばかりで、こちらは底を覗きこむことが出来ました。案内の看板には深さ百米と書かれておりました(本当かな?)

他にも、寺に伝わる地獄の絵図や、「篁の魂を鎮めるために空海が制作した」と伝えられる毘沙門天像(平安初期作)もあり、こちらも非常に楽しむことができました。

清水寺のすぐ隣。死者を祀る谷

最後は鳥辺山へ。化野や蓮台野とならび「京都三大葬送地」の一つとして知られています。昔から京都では多くの人間がここ鳥辺野(山)に弔われ、先述の六道珍皇寺も法要に関わってきました。

「そんな恐ろしいところ、さぞ京都の辺鄙なところにあるんでしょうねえ」とお思いの府外の方、じつは鳥辺野はあの有名な「清水寺」のすぐ隣にあるのです。

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東山五条の交差点で「清水寺道」と「大谷道」にわかれます。この「大谷道」が墓地行きの道になるのです。

世界的に有名な観光名所のすぐそばにある冥界の入口。歴史の厚みを感じますね。

大谷本廟の脇道をテクテク登っていくと・・・たくさんのお墓。

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奥にある赤いのが清水寺。

観光客の賑わいのすぐ隣にある”死”の存在。その対比、そのあまりの凄まじさに知らず知らず神妙な面持ちになりました。

うまく言い表せないのですが、自分の毎日とか生活というのを振り返る良いキッカケになる感じですね。お墓の下に入るその時まで、悔いなく人生を送れるか?という自省になると言いますか。

「こういう場所」が残っているのが京都の凄さ

今回3つの寺社・墓地を巡ってみて、こういう「死」や「異界」を意識させる場所がきちんと残っているのは流石京都、という感じです。

これがもし、他の都市であればここまでの形で残っていなかったのでは?と思います。元々京都に住んでいる方はそう言われても「?」となるでしょうが、他の地域から移り住んできた人間だからこそ、そう感じます。

このような場所がいつまでも残ると良いなあと思います。


なんだかとても良い経験をさせていただきましたm(__)m

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